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竹林から    杉谷保憲(大05)
杉谷保憲さんのプロフィール(大5)
読売TVの名プロデューサーとして、数多くの優れた番組をてがけられ(「イレヴンPM」の生みの親、として知られますが、本来はもっとシリアスな分野がお得意)、退職後は、エコロジーの問題と向き合って、お住まいで竹林を育んでおられます。




第1話『タケは光ったか? ――かぐや姫異聞』
 タケノコを縦に二つに開くと白い粉状の小さな固まりがみられる。また若いタケを伐採した翌日、切り株に白い液がにじみ出ていることがある。チロシンというタンパク質の一種で、これは光る。『ケミルミネッセンス』大澤善次郎著(丸善)にはその写真がある。大澤氏は群馬大学名誉教授で高分子化学が専門で、チロシン発光の仕組みを解いた。
 光ったタケを切ってみたらかぐや姫を見つけたというのは絵本の世界、竹取物語には「切った」とは書かれていない。翁(おきな)が光ったタケの傍に行ってみたら女の子がいたのである。竹取りの老夫妻は貧乏で養育費がない。すると翌日にも同じところのタケが光っていて、今度は金銀が置いてあり夫妻は大金持ちになった。 さて検討してみよう。その(一)、平安時代にはまだ日本に太いモウソウチクがなく、在来種の細いマダケの中に嬰児がいるのはちと苦しい。竹取物語の原典が揚子江の南にあるという説に従えば、そこはモウソウチクの本場であるので、充分空想できる。(二)、チロシンは切らなければ出ないから、タケが光ってかぐや姫の存在を知らせたのは誰かが目印に灯りを置いたのだろう。それは月からの使者なのかあるいはミカドが不義の子の養育を誰かに依頼した仕掛けか?
 かぐや姫を擁して貧窮の底から貴公子たちの結婚申し込みをとりつぐまでになった翁に、当時の読者はジャパニーズドリームを読みとったかもしれないし、かぐや姫誕生秘話を噂していたことだろう。しかし作者は怜悧である。かぐや姫が月に旅たつとき、不老不死の世界や権力に頼る防衛はいかにむなしいことかと暗示的に言うのである。
第2話『キツネが帰ってこない』
 竹林はほぼ全部が私有林である。所有者はタケノコをつくっても中国産に押されて採算がとれないし、西山で行われている栽培法は一年中手入れが必要でしかも重労働だから、少子高齢化の家族ではもう維持できない。こうして放置竹林が増えて、水資源の枯渇をはじめたくさんのマイナスが起きる。そこをボランティアがカバーして整備をする。
 私たちは八千uを借りて、枯れ竹を処理し、密生する竹を間伐する。すると、足の踏み場もない竹林の奥の傾斜面に、ひっそりと隠れた十六個の横穴を見つけた。キツネの子育て穴である。普通、動物は住居をつくらず、子どもを産み育てるときだけ巣穴をつくる。キツネは秋から春にかけて、ここを産院、育児所にしていたのだろう。私たちは遠くはなれた地点で整備作業を止めた。そして去年の秋から今年の春にかけて、私はキツネの姿を追った。しかしこの間キツネが生活した形跡がない。シートンの「動物記」にはキツネの知能プレイが活写されているので、私の目をかすめるぐらいは簡単かもしれないが。
作業は途中で止めたがキツネは帰ってこない。ふりかえってみると広い放置竹林をすでに整備を進めてきている。その間にトンボ、チョウやモグラ、ミミズの巣も壊してしまったことだろう。めだたないので気づかなかった。共生??私は愕然とした。人間を守る環境保全作業はすなわち野生動植物を破壊する作業 ――これが現代文明の一側面である。一体人間はどこまで自然にコミットしてもよいのか?
第3話『タケノコ掘りを終える』
 京都は東山、北山、西山と三方が山に囲まれている。東山は神社仏閣が並ぶ観光地であり、北山は大学、研究所などの文教地区である。西山の国道9号沿いから天王山までの十数キロは竹林で京タケノコの名産地である。
 私たちはこの西山で放置竹林整備をしているボランティアグループである。四月二十九日はその家族と各国の留学生を招いてタケノコを掘り、シーズンをうちあげる。静寂をとり戻した竹林では、掘らずに残されたタケノコが成長して皮を落とす。それはまるで青年たちがいっせいにTシャツを脱いで肉体をさらけだしているような、暑苦しい光景である。
 タケノコは自然に任せておくと、三ヶ月で十五メートルぐらいのタケになる。西山ではそうならないように七、八メートルのところで折る。そのやり方は、タケノコが成長して初めて一本の枝を出すとき、稈(カン。樹でいえば幹のこと)を両手で握って強くゆする。するとまだ軟らかい先端部は折れて落ちる。その結果、背丈の短い竹林になっている。なぜそうするのか?風が吹くとタケはしなやかになびく。それにつれて地下茎もゆれる。その地下茎にタケノコの芽がついているので、そのゆれを防ぐのだ。
 西山の竹林ではこうした栽培法で美味なタケノコをつくっている。こんもりした竹林はタケノコの生産竹林景観で、一方、天空に伸びる天龍寺界隈は観光竹林景観である。今年の若竹に聴診器をあててみる。ザーという音(水を吸い上げる音ともいわれている)が聴こえる。それはこれから始まる神秘的なタケ・シンフォニーの前奏曲である。
第4話『竹林は少数派だけれども』
地球温暖化を防ぐ取りきめの京都議定書はCO2を吸収する樹種を指定した。 常緑樹が力が強く、針葉樹、落葉樹とつづく。タケは選に漏れた。 植物のミドリがCO2を吸収することを光合成という。人間を含めて動物は動いて餌をとりエネルギーにしている。 植物は動けないから、水を吸い上げて緑色に太陽光をうけて、CO2を吸収してエネルギーにしている。
京都議定書ではなぜタケをカウントしなかったのか? 全国の森林面積の中で竹林の占める面積は1%に過ぎないから対象にならなかった。 つまり少数派だからである。もうひとつ、京都議定書には発展途上国は参加を拒否した。 今日の温暖化は先進国の責任であるとの主張である。
森林が老化していると吸収力が弱い。だから植樹をしなければならないがこれには労力も経費もかかる。 タケの生態を見てみよう。一年目はタケノコを生まないが、二年目から五年目まではタケノコを生み、 その後は生まないから伐採する。タケノコ畑の竹林はいつも若々しい光合成の盛んなタケのみで構成されている。 なおかつタケノコは自然に生えてくるから植樹の必要がなく経済的である。 タケは少数派であるけれどもCO2吸収については少数精鋭の軍団である。
そしてポスト京都議定書では中国、インドなど発展途上国も参加するだろう。 両国とも竹林王国だからタケの吸収力を主張するはずだ。 そのときになってはじめて日本ではタケノコをつくる竹林が評価されるだろう。

第5話『竹林の風韻(ふういん)』
かつての日本ではタケは生活文化そのものであった。 籠、箸、筆、竿の生活具や篠笛、尺八、笙(しょう)など楽器もあったが今は極めて少ない。 ただ茶道はタケなくしては考えられない文化である。
竹林整備をしながらタケの利活用を考えるが、竹炭や竹工芸品だけでは範囲が狭い。 この四、五十年、竹林は見捨てられてきたが、しかし居心地はとてもいい。 タケには抗菌作用があり、またタケは水を大量に吸うので土が乾き、土中動物(モグラ、ミミズなど)が少なく、 現代人の清潔感に合う。
竹林から新しい文化を生み出せないか。竹林を野外コンサートホールに見立てよう。 日本には固有の童謡・唱歌があるから、それを楽しむ場にしよう。 琵琶や雅楽といった伝統音楽を再認識する場にしよう。こうして竹林コンサートを続けている。 私は詰めかけた観客にボランティアをやろうと呼びかけた。 コンサートに共感をもったたくさんの人から支持表明があった。共感は行動に移る可能性がある。
もうひとつ、竹林を癒しの場にできないか。現代は音が過剰に押し寄せ、心がささくれる。 自然の語りに耳を傾けよう。そのために竹林に水琴窟をつくろう。竹林の風韻は人の心を癒してくれるはずだ。
その実現にはまず放置竹林をきれいに整備することだ。 人が竹林に入りやすくならなければ竹林文化は生まれようがない。 現代人は都市ばかりに顔を向けるが、ふりかえって森(竹)林にも目を向けてほしい。

第6話『タケノコ哀話』
竹林整備をはじめて八年が経った。八千uの竹林を借りて、 一年中労働がつづく京タケノコの伝統的栽培法を夢中になって習得してきた。 長岡京市に住む十年前まで、私はタケノコを好きではなかったが、 それはこの地のタケノコ収穫法は知らなかったからである。 前晩に水分をたっぷり吸ったタケノコを、太陽光に当らないように早朝に、 しかも土中のままで掘り出すのである。このタケノコの味にはマイッテしまった。 以来、タケノコの愛らしい姿に接するときは童心にかえっている。
しかしそのなかで忘れられないことがある。ある晩、近所のスナックで青年たちと話しに興じていた。 七十五歳の私に皆がタケノコについていろいろ教えてくれる。そして話題は最も美味しく食べる法に移った。 掘り出してから二時間以内であればエグミはないので、サシミにするのが最高だという意見に 賛意が集まったとき、一人が異議をとなえた。
「生えているままのタケノコを、周りの土を取り除いて、そこへ炭を入れて焼くのが最高ですよ。」 それはそうだと皆がうなずいた。「地獄焼きと言います。 もっともそこからは二度とタケノコは生えませんけど。」
たちまち酔いがさめた。タケノコに抱いていたほのぼのとしたものが消え、 自分が火あぶりにされている気分に落ち込んだ。
この地では掘り出すとすぐその穴に肥料を入れる。お礼ごえと言う。先人は自然への感謝を忘れなかった。 美味は自然の摂理に対して小さな人の心と技を添えたときに、初めてつくりだせるものである。

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